最愛の人との別れ。
2020.01.18
この日、
じいちゃんが亡くなってから2年が経った。
俺は来月25歳になるけれど、
この25年間で2年前は1番最悪な年だった。
じいちゃんが亡くなって数日、
心に穴が空いたように気力もなく、
じいちゃんを思い出せば泣くという
ループに陥り疲弊しきっていた。
人生で自ら選んだことに後悔ということは
ほとんどした事がないけれど、
その年の1年で2度も後悔がある。
当時は、様々なのこと抱える
周りの人達から助けを求められ
毎日のように仕事の合間を縫っては
車を走らせ、さらにその合間を縫って
じいちゃんが行きたいところに連れて行き、
じいちゃんの介護をしていた。
体力的にも精神的に辛くなってきたところ、
じいちゃんが入院。
週に1度はお見舞いに行ったが、
入院してから数週間後の仕事の休み、
その日も時間に追われバタバタしていて
じいちゃんのお見舞いは来週にしようと思い
その日を終えた。
そして日付が変わり
朝日が昇る前にじいちゃんは亡くなった。
後悔に苛まれた。
その日、10年ぶりに泣いた。
10年間の涙を流すほど泣いた。
もしかしたら
あの日会いに行ってれば
もう少し生きられたんじゃないか。
何度も思った。今でも思う。
当時疲弊しきっていた俺が
その時を乗り越えられたのは紛れもなく
彼女のおかげだった。
関東と関西の遠距離にも関わらず
交際の初めから毎月のように会い、
多い時は月に2回会う時もあった。
あの頃の彼女がいなければ
今の自分はいないだろうと思えるほど
精神的に支えられていたと思う。
けれど、僕はその彼女の手を
自ら離してしまった。
様々なことに追い詰められていた僕は
1人になろうとした。1人になった。
それが2つ目の後悔。
今思えば大したことはない。
自分が弱かっただけだ。
今でもたまに連絡を取り合えるいい関係だが、
彼女には感謝しかない。
1月は悲しみの月でもあるけれど、
あの頃を乗り越えられた感謝の月にしよう。
育ててくれたじいちゃんと、
支えてくれた当時の彼女に感謝。
そして今、笑い合える友人や仲間がいることに
感謝しようと思った2020年の1月。